浄閑寺(投込寺) [北&南千住 三ノ輪 入谷界隈]
お腹も満たされ 三ノ輪駅へと帰途の途中ですが
も少し徘徊していきます (・ρ゜)/
三ノ輪駅のすぐ手前に 江戸五色不動の一つ
目黄不動の永久寺があるのですが
数回来たにも関らず 相変わらずココは門を閉ざしています
なんでやねん (●`□´●)
以前記事にしましたが
気を取り直して 三ノ輪駅のチョイ裏手
浄閑寺を久しぶりに (ToT)/
安政の大地震の時に亡くなった吉原の遊女たちが
投げ捨てられる様に(諸説あり) この浄閑寺に葬られた事から
投込寺の別名が付いています
門前には小夜衣(さよごろも?さよぎぬ?)地蔵
四つ目屋という遊郭で火事が起き
犯人は小夜衣という遊女だと思った店主は 彼女を火炙りに
しかし その後も四つ目屋に火事が続き けっきょく店は潰れてしまい
この遊女 小夜衣を弔う為に造られた地蔵尊と云われています
門をくぐると 左手に豕塚(いのこづか)
厄除けの為 白い豚を吉原大門の傍らで飼育していたそうで
その豚が死んだあと 葬ったものだそう
豚塚とも呼ばれます
で 墓地内に入っていきます
入ってスグ右には 若紫の墓
5年の年季が終わる5日前
客の刃に倒れた遊女の墓だそうです
年季明けには 晴れて所帯を持つ予定があったとか(哀”
新吉原総霊塔
これは 新吉原の創業から昭和の廃業まで
遊女を含む 遊郭内で下働きしていた人達の供養を含めた供養塔で
納められた人は 2万5千柱に及ぶそうで
無くなった時は藁など粗末な物に包まれ 葬られたそうです
ちなみに 遊女の平均寿命は22歳なんだとか
こんな寂しい歌もあります
「空蝉を 残して空へ飛び立ちて 羽振るわせて命終りぬ」
ひまわり地蔵尊
山谷で一人寂しく人生を終えた 日雇い労働者を弔うための御地蔵様です
他にも
兄弟で仇討ちをしようとして 逆に兄が返り討ちに合い
その兄の首を弟が洗っている時に 無残にも弟も討たれてしまうという
なんとも哀れな話ですが
弟が兄の首を洗ったという首洗いの井戸等 幾つか史跡があります
小塚原 吉原 投込寺
そして近くの一葉記念館や
お酉様の鷲神社に長國寺を巡っても半日?
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