もう少し頑張れ! [ブログ]
今年の7月に 入谷の朝顔市で購入した朝顔
旅行で1週間ほど家を空けたのにも関わらず いまだ健在
(だいぶ弱弱しくなっていますが)
いまでも3センチほどの花を咲かせています
うまく育てれば 11月くらいまで咲くといわれてますので
せっかくなのでもう少し 頑張ってほしいなぁ!
昨夜の1杯
ブジェヨヴィチェのチェリービール
これに
べったら市で購入した べったら漬けを添えたら?
なんとも口の中が甘甘に (汗”
大失敗 !!!
日本橋 べったら市 「東京日本橋・大伝馬町」 [東京都 その他の地域]
今日は 東京メトロ日比谷線で小伝馬町駅へ
あ! 別に悪い事をして 小伝馬町の牢屋に送られたわけではありません
ニュース等で見た方もいると思いますが
毎年10月19日と20日は 日本橋の大伝馬町で 「べったら市」 が行われます
べったら市とは?
時は江戸時代 質素倹約を旨とした徳川八代将軍吉宗が
この二日間だけは男女がすっぽんぽんで 好き勝手にべったらべったらしても良いと
んな訳は無く (スイマセン 汗汗汗”””
江戸時代の中頃から 宝田恵比寿神社の門前で
十月二十日の夷講 (えびすこう) にお供えするため 前日の十九日に市が立ち
魚や野菜 小宮 (神棚) などが売られたのが始まりだとか
糀をべったり付けた浅漬け大根が良く売れたので
べったら市と呼ばれるようになったそうです
べったら市とは言いますが 実際は食べ物を売る露店ばかり目立ちます
↑ 左の露店は大行列 ↑
何を売っているのかと思いきや
広島風お好み焼きでした (よっぽど美味しいのでしょうか?)
露店と人人人 なかなか宝田恵比寿神社に辿り着けません (汗”
ん? もうすぐ ???
まずは御参り
かなり小さい神社ですが 商売繁盛 家族繁栄 火防の守護神なのであります
日が沈み 提灯に明かりが灯されると 風情ありそうです
べったら市と言う割には べったら漬けを売る露店は数軒
ここで売られている 「べったら漬け」
重さにもよりますが だいたい1本1500円前後です
明日の夕方からは もう少し安くなると思います
べったら市の謂れはもう一つ
参詣の混雑を利用し 婦人達に
「べったらだー べったらだー」 と叫びながら着物の裾に糀を付け
からかった事から べったらの呼名になったとも伝えられます
べったら市が終わると
浅草のお酉様 羽子板市と続き いよいよ師走へまっしぐら
チェスキー・クルムロフ日帰り旅 [プラハの旅 2015]
プラハ歴2015.1011
10月11日
カレル橋を観光した後 専用車にてチェスキー・クルムロフへ日帰り観光
プラハから 片道約2時間半の旅路です
途中 マックでトイレ休憩
余談ですが 「SEM」 は 「引く」
「TAM」 は 「押す」 です
誰が決めたか知りませんが
世界一美しい町と呼ばれる チェスキー・クルムロフに無事到着
さすが世界遺産の町 確かに綺麗な街並みです
チェスキー・クルムロフは13世紀
南ボヘミアの貴族ヴィートコフ家が この地に城を建設したのが始まりだとか
町の中心 スヴォルノスティ広場
同広場のマリア記念柱
ここ チェスキー・クルムロフが栄えたのは19世紀まで
20世紀に入ると産業革命の波が襲い
農村と手工業の山中の田舎町 チェスキー・クルムロフは放棄され
やがて廃墟になり見捨てられていました
でも廃墟になったおかげで 戦争や近代化から逃れ
当時のままの姿を残す事が出来ました
人々は この復興を 「眠れる森の美女の目覚め」 と評したそうです
さて今日の昼食は 待望のチェコ料理
え~と レストラン名は? 分からない ???
やっぱりビール!
グラスの形がグラマラス !!!
どこかで聞いたような名前?
チェコ語で 「ブジェヨヴィチェ」 英語読みにすると?
細かい事は また後程!
ローストビーフのクリームソース煮
チェコの お袋の味だそうです
上の方はパン 中央はジャムとサワークリームが添えられています
ローストダック
アヒルの半身焼き
パンと 小麦粉またはジャガイモを練って茹でたクネドリーキ
そしてザウアークラウト (キャベツの漬物 酸っぱいです) が添えられています
皮目パリパリで美味!
でも昼にしては量が多く 夕飯がほとんど食べられなくなりました (涙”
満腹になった後は チェスキー・クルムロフ城へ!
(写真中央にそびえ立つ 崖の上の建物)
美味しい食事とビールで 腹がはちきれそうです (汗”
小学生の頃 歌った事があると思います
ご一緒にどうぞ (笑”
♪ エイ ルチカ ルチカ ゼレナー エイ ルチカ ルチカ ゼレナー
ロステ ナ ニ トラヴァ ロステ ナ ニ トラヴァ
エイ ルチカ ルチカ ゼレナー
ロステ ナ ニ トラヴァ ヴィソカー ヘイ ♪
ヒルトンプラハ・オールドタウン [プラハの旅 2015]
今回泊まった ヒルトンプラハ・オールドタウン
立地も良く 部屋も広くて快適
でもよく見ると 歯磨きセットと髭剃りが無いのです
歯ブラシと歯磨き粉 持って行って良かった
そしてインターネットが有料
5日間で 1万円ちょい取られました (涙”
朝食会場
食べに来る人の約半分が中国系
野菜類は 焼いたトマトとパプリカのみ
パン類は まぁ豊富です
毎回 こんな朝食になります
この穴開きチーズ
トムとジェリーを思い出します (古”
ちなみにヨーロッパ人は 体を冷やすという事で
朝は生野菜を食べないそうです
チェコ
歯磨きセットが用意されて無いホテルが多いので忘れずに!
そしてプラハでは 旧市街の近くのホテルがお薦めです
あ! 従業員の方々
とてもフレンドリーでした
でも 私達の部屋からの眺めは
最悪!
プラハでフレンチ? [プラハの旅 2015]
プラハ歴2015.1010
今回の旅行は4泊6日 夕飯・昼食が1回ずつ付いています
プラハ到着時 「夕飯は何ですか?」 と尋ねたら
「フレンチです!」
「えー! チェコでフレンチ ???」
というわけで10日の市内観光後
夜7時に ホテル近くの市民会館へ徒歩で
(すいません 昼間の画像の使いまわしです)
入口を入ってすぐ右側にある FRANCOUZSKA RESTAURACEへ
名前はズバリそのまんま フランスレストランという意味 (単純”
ガイドさんいわく プラハで5本の指に入るフレンチレストランだとか
店員もフレンドリーで 店内の装飾が綺麗なレストランです
フレンチということでワイン? と思いましたが ここはチェコ
ピルスナー・ウルクェルを
チェコではビールの泡を綺麗に出すため 出てくるまで時間がかかります
なので日本みたく 「とりあえずビール!」 なんて思っていると
いらいらするかもしれません
そしてこのピルスナー・ウルクェルは チェコの2大メーカーの一つで
ピルスナービールの元祖だそうです
いよいよ料理
バターからお洒落!
やっぱりヨーロッパ パンが美味しいのです
前菜
真ん中の麺 ビーフンみたい
メイン
サーモンの照焼風わさびソース
最近チェコでは アジアンテイストが流行りだそうです
サーモンの照焼風
あっさりしていますが なんとも美味!
デザート
なんと! マカロンもわさび風味 !!!
本音を言えば チェコ料理が食べたかったのですが
これはこれで美味しく量も適量 店の雰囲気も最高でした
そしてチェコ料理は 後でブログに書きますが
美味しいけど肉肉肉で ボリュームも大なのです
それにしてもチェコビール
なんとも美味しい!
いったい何種類?・・・あるんでしょうね ???
プラハ カレル橋 [プラハの旅 2015]
プラハ歴2015.1011
旧市街広場から数分でカレル橋
私たちが泊まったヒルトンプラハオールドタウンは立地が良く
のんびり歩いても旧市街まで10分ちょい
ここカレル橋までは15分ほど プラハ城も30分です
旧市街橋塔
川向こうから旧市街へ入る城門です
門脇には 神聖ローマ帝国皇帝カレル4世像
みなさん カレル橋上の聖人像しか見ないので寂しげ (寂”
いよいよカレル橋です
まだ朝の9時過ぎなので 観光客も露店も少なめ
1357年から建設が始まり 完成は1402年
長さ516メートル 幅9.5メートルという
当時のヨーロッパでは 最大の土木工事だったそうです
カレル橋から見るプラハ城は圧巻!
橋の両側には30体もの聖人像が立ち並ぶ まるで橋上彫刻美術館さながら
日本でもおなじみ フランシスコ・ザビエル
ザビエル像の下部 日本人だそうです
もちろん当時は
日本人を見た人などほとんどいないので 想像で作ったものです
体形も刀も変・・・ですよね(笑”
カレル橋で一番有名なのは この聖ヤン・ネポムツキー像
ヤンさんはプラハの司教で 王妃の懺悔を聞く係だったそうです
ある日 王が王妃の懺悔を明かすようにと求めましたが拒否
これに怒った王は
ヤンさんを縛って 橋の中ほどから川に投げ込んでしまいます
外人さんがいて写っていませんが
台座右側のヤンさんが川に落とされるレリーフは 触ると幸せになる
ということで ピカピカになっています
そしてヤンさんの死体が浮かび上がった時
川面に不思議な星が5つ現れ ヤンさんの頭を取り囲むように輝やいたとか
このことからヤンさん像の頭の周りには
必ず5つ星が輝いているそうです
ヤンさんが落とされた場所にあるレリーフ
こちらもみんなが触るので 浮かび上がったヤンさんのレリーフがピカピカ!
そしてこちらも分かりにくいのですが
欄干にある十字架の5つ星に合わせて手の指を置き 願い事をすると
「かなりの確率で願い事がかなうんですよ!」
と ガイドさんが言っていました
ちなみに私の願い事は?
「帰国時 ウィーン空港で無事に乗り換え出来ますように!」
妻は?
無理に聞くと ヤンさんのように川に落とされる? かも !!!
ぷらぷらと橋の向こう側へ (プラハ城側)
プラハの町
何処を写しても絵になります
手前左がプラハ在住14年のガイドさん&右が私の妻の後ろ姿です
ちなみにプラハ城 旧市街広場付近 カレル橋は世界遺産
それにしても写真の撮り方 下手で嫌になります (涙”
プラハ 旧市街散策 [プラハの旅 2015]
プラハ歴2015.1010
プラハ城を見学した後は 旧市街散策
まずは 分かりにくい地図を
右から赤枠・ヒルトンプラハオールドタウン 緑枠・火薬塔
茶枠・旧市街広場 黒枠・カレル橋 オレンジ枠・プラハ城
1911年に出来た 市民会館から散策スタート
その隣にあるのが この火薬塔
旧市街広場に通じる道の入口にあり
15世紀に建設された当時は 旧市街への城門でした
ぷらぷらと旧市街広場へ向かう途中に見つけた可愛い装飾
所々に可愛い装飾がありますので たまには上を見るのもお勧めです
チェコの人気者 モグラのクルテク
このディスプレイの意味は? なに ???
いよいよ旧市街広場が見えてきました
プラハ城とともにプラハ観光の目玉
ルネサンス ゴシック バロックと いろいろな様式の建物が広場を囲みます
(ちなみに私は 区別が出来ません)
ティーン教会
ヤン・フスと信者の群像
パフォーマーも写ってますね!
なんじゃ? このでかい顔の赤ちゃんは ???
カフェやレストラン 露店も数店出ています
じっくり炭火で丸焼き プラハハム
プリマハム? じゃありません (笑”
旧市街広場で一番人気の建物 旧市庁舎
朝9時から23時まで毎正時に動く からくり時計
ここの前 たいそうな人だかりができますが
30秒ほどで あっけなく終わってしまいます
ですが この旧市庁舎
上へ登ると とても眺めが良いのです
チェコの国歌 我が家何処や
なんとも 子守歌みたい
「我が家何処や
我が家何処や
水は草原を横切り
松は岩にざわめく
庭には春の花が輝き
眼前に広がる地上の楽園
これぞかの美しき国
我が家チェコの国
我が家チェコの国」
今日のチェコビール
それにしても 最高気温13度 最低気温ー2度の国から帰ると
今日の関東 けっこう暑く感じます (汗汗””
もう帰国 (涙” [ブログ]
プラハは13日の朝6時半
日本は午後1時半ですね
早いなぁ もう帰国日 (涙”
これからベーコンやハム・ソーセージやチーズばかりの朝食を食べ (飽”
荷物を詰め
ウィーンで乗り換えて成田に着くのは 14日の朝7時頃
ホテルを出てから 約15時間以上かかります
乗り換えが1時間も無いので ちょっと心配ですが!
プラハ 楽しかったなぁ !!!
あ! 旅行のブログは まだまだ続きます
プラハ城散策 2 [プラハの旅 2015]
プラハ歴2015.1010
さて プラハ城の続きです
この城は9世紀ころから作られ始め 完成は14世紀
かつて ボヘミア国王や神聖ローマ皇帝の居城で
現在は大統領府になっています
一番目立つ建物は 聖ヴィート大聖堂
建物の大きさにも驚きますが 堂内のステンドグラスも
うっとりするくらい幻想的です
ミュシャのステンドグラス
入口上は かなりの大きさです
大聖堂の地下には
歴代の王たちが眠っているそうです
大統領府
プラハの町が一望
黄葉が なんとも綺麗ですね!
920年完成の 城内最古の聖イジー教会 (火災のため 1142年再建)
黄金小路
細い路地に立ち並ぶ小さな家々は 1597年に出来た物
元々は 貧しい人たちが住む小路でしたが
16世紀の領主 ルドルフ2世が錬金術師を呼び寄せ
黄金や 不老不死の薬を作っていたとか
家番号22番は その昔 カフカが住んでいました
それにしてもカラフル!
そして ほとんどの店が土産屋です
可愛い看板
おもちゃ博物館の看板なのですが
入口からすぐのところに 男性の裸像が立っておりまして・・・
大事な部分を あまたの女性が触るので
アソコだけ ピカピカ になっております
そして女性の皆さんたち
アソコ を触りながら記念撮影 !
品行方正な私たちは勿論 そんな事はいたしません !!!
下城しながら1枚
プラハ城
有名なカレル橋から見ると こんな感じ
流れる川は ブルタヴァ川 (モルダウ川)
となればスメタナ 我が祖国の第2曲
ですね!
本日のチェコビール
プラハ城散策 [プラハの旅 2015]
プラハ歴2015.1010
(このプラハ歴 実際に行った日付で書いています)
10日の午後 まん丸い日本人女性のガイドさんと妻と私の3人で
いよいよプラハ観光です
まずは ストラホフ修道院
なのですが ここは写真は有料ということで写真は撮らず 大失敗(涙”
もし行く機会がありましたら
「哲学の間」 と 「神学の間」 という図書館は必見!
ズラリと並んだ手書きの本と 天井のフレスコ画は圧巻です
修道院の前では 結婚式が行われていました
民族衣装が可愛いですね!
ガイドさんいわく チェコのの地方の衣装らしい と
修道院の入口にあった物
何だか分かります?
犬の糞の始末袋だそうで 日本人が考えたとか
紙袋の中に厚紙が入っていまして
この厚紙にさせて 袋に入れるのかと?
私から言わせると 自分で用意せい! です !!!
で 続いてプラハ城へ
衛兵が守っております
実際に銃剣を持っているので あまり近寄りすぎると刺されるかも !!!
いざ! 城内へ !!!
城壁
城壁の穴
日本の城の 狭間と同じです
火薬塔内は プラハ城衛兵の資料館
制服の移り変わりとか 訓練の様子等が展示されています
あ! まだまだ続きますが 今夜はこの辺で
&
黒霧島のお湯割りで
おやすみなさい
ちなみに 本日11日のプラハの気温は?
最高13度 最低0度 明日はー3度まで下がるとか (驚”
ーかなり続くー