1989年(平成元年) ヨーロッパの旅 22 後書き [1989年(平成元年) ヨーロッパの旅]
アチコチ見たい先輩との旅行でしたが
旅の最後はスイスだけで 意外とノンビリ ٩꒰ ˘ ³˘꒱۶
サンモリッツからは こんな牧歌的な景色を眺めながら
オーストリアのインスブルックで乗り換え
の合間に 凱旋門だけを見て
(凱旋門はパリだけ では無く アチコチにあるので御座います)
西ドイツのフランクフルトから帰宅の途に (ToT)/
そして無事に帰国
さて
ブログネタの逼迫で 急遽ですが書いた昔々の旅行記なんですが
書いている内に懐かしくなり 楽しくなってしまいました
(それにしても若かったなぁ!)
56歳の今では こんな旅はしたいとは思いながらも無理
それにしても写真が少ないのが 今のデジカメ時代とは違うから
撮れば撮るほど現像代が です
そういえば食事 マクドナルドとバーガーキングには御世話になりました
今思えば 当時の日本はバブル時代
ちょっとした町にも 日本メーカーの看板が見られ
(シャープやカシオ セイコーにシチズン TDKやソニー etc)
経済が没落した今の日本では考えられません
日本と海外の直行便の就航都市も減り 海外旅行も不便になりました
あ ちょっと愚痴になっちゃいましたが
この旅で海外に目覚めてしまった私
翌年(1990年・平成2年)には フランスへ3週間の一人旅を
こちらも記事にしたい気持ちはあるのですが
天気が悪かったので 写真の写りが何とも
でも腐れ縁で 今回の先輩とは3年後に再びヨーロッパへ
またいつか ブログネタが危機に瀕した時 書いてみようかな?
なんて
1989年(平成元年) ヨーロッパの旅 21 ツェルマットとサンモリッツ [1989年(平成元年) ヨーロッパの旅]
もちろんツェルマットと言えば
マッターホルン(4478m)
街のどこからも見えますし イタリアとの国境にそびえ立つ山でもあります
なにはともあれ ゴルナーグラート鉄道に乗り
ゴルナーグラート展望台(3089m)へ
良い眺めで御座います ヾ(´∀`)ノ
(」゚□゚)」<<<< ヤッホ~!
こちらはモンテローザなんですが 氷河の頭?
帰路は途中下車して
少しだけハイキング ⌒┗o⌒o┓
あ 鹿?
アイベックスらしいです
会えませんでしたが マーモットもいるそうです
そして リッフェル湖にも行ったのですが
残念ながら さざ波で逆さマッターホルンは ×ω×
そして翌日 ツェルマットからサンモリッツへと向かうのですが
有名な氷河急行(グレッシャー エクスプレス)を利用します
食事を楽しみながら 7~8時間かけて走るのですが ε=ε=ε=(ノ*>∀<)ノ
意外と飽きます ( ´⚰︎` )°°゜
さて サンモリッツなんですが
今ではスイスでも数少ない ロマンシュ語を用いる地域となります
それにしてもスイス屈指のリゾート地
湖畔には 大小のホテルが立ち並びます
もちろんスイスですから 相変わらず山で御座います (*´□`)ノ
(ここが最後の観光となります)
これまた定番のポストバスに乗り ロープウェイで
コルヴァッチ展望台(3303m)に
谷側の眺めはシルス湖ですかね? 断崖絶壁に目がくらみます ((/o`;)))
反対側は真っ白~
ピッツコルヴァッチ(3451m)です
横には
ピッツ・モルテラッチ ピッツ・ベルニナ ピッツ・ロゼック
気持ちいいだろうなぁ .。o○
ちと怖いけど (;°-°;)))
そして 長い? と思っていた旅も終わり
帰りまーす (;∇;)/~~
1989年(平成元年) ヨーロッパの旅 20 トリュンメルバッハの滝からツェルマット [1989年(平成元年) ヨーロッパの旅]
シルトホルンの大パノラマを楽しんだあとは
ラウターブルンネンからポストバスに乗り
ちょっと見 大きな滝は無いのですが (・∀・)??
実は アイガー・メンヒ・ユングフラウの三山から
氷河が溶けだした水が 岩山の中を流れ落ちるという珍しい滝です
写真では分からないのですが
物凄い轟音と共に流れており
圧巻なのであります ⊙ ⊙ !!
ここでなぜか ポツン!と古い電車の写真がありまして
これに乗ったのかなぁ?
で ツェルマットへ向かいます
途中の車窓はブリエンツ湖
木彫りで有名な 小さな町のリゾートらしいです
♪ 線路は続くよ~ どこまでも~ ♬
なんて 歌を歌いながら?
ツェルマットに到着 (^^)/
1989年(平成元年) ヨーロッパの旅 19 ミューレンとシルトホルン [1989年(平成元年) ヨーロッパの旅]
アイガー メンヒ ユングフラウを堪能した後は
ラウターブルンネンを経由して
スイスの小さな村 ミューレンに向かいます
(ガソリン車が乗り入れ禁止の町で御座います)
で ミューレンに着くと 何やら身なりのいいオジサンが
「いいホテルがあるぞ 泊まらないか?」
値段を聞いても答えてくれず ままよ! と付いて行くと
そこはナント 4つ星のホテル (; ゚ ロ゚) ナント?
1ヶ月も履き続けたジーンズで 立派なレストランでの夕飯は
なんとも (,,> <,,)
(ジーンズ以外は3日おきくらいに シャワールームで手洗いです)
でしたが 食べた場所はテラス席で
周りの景色が
アイガー メンヒ
凄いのなんの
(゚ロ゚;))((;゚ロ゚)
そして翌日
ロープウェイを乗り継ぎ
(右上 緑の枠は次のブログで)
皆さん御存知ジェームズ・ボンド 「女王陛下の007」の舞台にもなりました
ユングフラウの三山を眺められる展望台でして
アイガー メンヒ ユングフラウ
もう360° ヽ(゚∀゚)メ(゚∀゚)メ(゚∀゚)ノ なのであります
それにしても スイスの昭和なオッサン(笑”
う~ん もうちょっと上の雲が取れれば 傘雲になったかも?
そして 長いと思った旅も もうすぐ・・・お終い
(_ _||||)
1989年(平成元年) ヨーロッパの旅 18 ユングフラウ [1989年(平成元年) ヨーロッパの旅]
グリンデルワルトに着いて3日目
朝起きた時は薄曇りだったのが 朝食を終えたらドピーカン ヾ(〃^∇^)ノ
山 行きますかぁ!
(だから 旅程は余裕をもって なのです!)
いざ! 登山電車(ユングフラウ鉄道)に乗って
(これに乗ったかどうかは 記憶に御座いません)
レッツ――ヽ(@,,>∀<)ノ――ゴォォ♪
途中のクライネシャイデックから ユングフラウを
私も1枚 (^_-)-☆
登山電車を乗り換えて さらに上を目指します
(これも乗ったかなぁ?)
最高地点のユングフラウヨッホ駅に着くと?
(途中は山の中を走る為 なので眺望はありません)
7月15日なのに 雪
雪
雪で眩しいっす +o。o。o+
で 私の後ろはアレッチ氷河
そして 絶景で御座います (´◉ω◉` ) /
♡(。☌ᴗ☌。)
帰り際に 途中でもう2枚
⇩ アイガー ⇩ メンヒ
また逢いたいな お嬢さん(ユングフラウ)
そして ラウターブルンネン経由でミューレンへ
≠≠[。□□□。]
1989年(平成元年) ヨーロッパの旅 17 スイスのレマン湖にグリンデルワルト近辺 [1989年(平成元年) ヨーロッパの旅]
パリへ戻り リヨン駅からフランス新幹線
(⇧ 先輩が撮った写真 ⇧)
さすがフランスと思える電車で 日本の新幹線と違い
ブルーを基調とした車内が とってもオシャレでした
ジュネーブ(もうスイスです)で乗り換えの合間に レマン湖を一枚
そしてモントルーに行き
ここからは ゴールデンパス・パノラマ急行という観光列車に乗ったのですが
モントルー出発時の車窓が2枚だけ (:_;)
この後は写真も無く 日記にも詳しい事は書いてありません
この日はグリンデルワルト泊(二泊します)
翌日はスイス名物 黄色の可愛いポストバスに乗り
(元々は郵便を運ぶ馬車で ついでに人も運ぶようになったとか)
オーバラー グレッチャー(氷河)へ
今はかなり溶けてしまい
在りし日の氷河の写真となります (๑-﹏-๑)
その次は ヨーロッパで一番長いリフトと言う フィルストバーンに乗り
(ホントは氷河の後に登山電車に乗り 絶景の山々に ˃̣̣̥⌓˂̣̣̥ )
あ ちょっと天気が薄曇りでしたが
かなり絶景でして
(見えるは牛の牧草地?と 牛飼いの小屋 ??)
で 展望台へ
名峰アイガーが見えるはずですが 雲が (つд-。)
でも 綺麗な花畑や
長閑な風景を見る事が出来ましたので
良しとしましょう 甘┳┓
いよいよ旅も後半
スイスを満喫してみたいと思います
1989年(平成元年) ヨーロッパの旅 16 モンサンミシェル そしてサンマロ― [1989年(平成元年) ヨーロッパの旅]
パリを後にし 目指すはモンサンミシェル
皆さん テレビの旅番組とかで 一度は見た事があるかと
元々 先住民のケルト人が信仰する聖地で
とある司教が夢で 大天使ミカエルから
「この岩山に聖堂を建てよ!」
との御告げを受け 礼拝堂を造ったのが始まりなんだとか
(日本の神社仏閣と同じですね)
そして修道院となり 後にはイギリスに対する 要塞の役目も兼ねる様になります
(ノ#-_-)ノ♂♂バキューン ~~~~⇒
(更に その後はナント監獄に 今は修道院に戻っているそうです)
じゃじゃん!
まぁ確かに 見た目は要塞ですね
そして 周り一面は砂州でして
ホントは 海に浮かぶ修道院となるのですが
私達が訪れた時代は砂が堆積し過ぎて そういう姿は見れなくなっていました
(今は前の道を取り払い 昔の姿を見れる様に?なったとか)
なにはともあれ入ると 初めは石造りの町並みで
有名なオムレツの店や土産店 ホテルが立ち並びます
上へと上がるにつれ
徐々に修道院ぽくなっていきます
でも 内部は至って
シンプルでした
この後は
パリ(モンパルナス駅)行きの夜行に乗るため サンマロという町へ
旧市街が城壁に囲まれた なんとも雰囲気が良い町でして
遠目には ヴォーバン(誰?)設計の王立要塞があります
ちょうどフランス革命記念日の前夜祭?が行われていました(7月12日)
う~ん 手ブレ(夕刻です ちなみに 三脚は持っておりません)
ブレていなければ とっても綺麗な町並みだったかと ( ;∀;)
星印(茶色)はモンサンミシェル
その隣がサンマロです
1989年(平成元年) ヨーロッパの旅 15 ロワールの古城めぐり [1989年(平成元年) ヨーロッパの旅]
さて ノルウェイのバスで出逢った女性達に
「この時期 パリの宿は満室ですよ!」と言われ
ちょっと焦りながら パリのリヨン駅に着いた訳ですが
とりあえずリヨン駅は大きい駅なので セーヌ川を渡り
隣の 少し小さめなオーステルリッツ駅へ
ちょいっと脇道に入り とりあえず一軒目は Complet(満室)
(・∀・;)
あ フランスの安宿は
大抵「空き」か「満室」か 入口に札が掛かっていまして
で 二軒目は Chambre libre(空き有り)
(ノ≧∀≦) ヨカッタ!
ホッ!としながらレセプションへ行き ツインを御願いすると
「残っている部屋は一つだけで Wベッドの部屋だぞ!」
ヒェー !! 男同士でWベッド !!!
シブシブ((( =д=))) ok!
そして パリ3日目
パリに着いた日に予約しておいた
ロワールの古城巡りのバスに乗車します
集合場所は覚えておりませんが なんにしても朝7時に集合(眠”
座席ギッシリ(一昔前の観光バス)の観光バスにて ロワール地方へ
けっこう長い時間走り続け ふと気が付くと車窓に
とりあえず何処だろう?
なんて 数日ほど調べたのですが分からず /(*-_-*)\
グーグルマップでパリからロワール渓谷のルート検索したら
やっと見つかりました \( ˙-˙ )/
メナール城(Château de Ménars)なんですが 非公開だそうです
そして 一つ目の古城は ここからスグでした
レオナルドダヴィンチが考案したとされる 螺旋階段が有名でしょうか?
権力の象徴として造られたので居住用では無く
宴や狩猟の為に滞在しただけだったそうで
そして敷地の広さは 昔のパリと同じ広さなんだそうです w(゜o゜)w
この後は昼食
何処で食べたかは覚えておりませんが 5~6人で1テーブル
で 大皿料理
どうしても皆が控えめに取るので 最後は余ってしまいました (;^ω^)
続いて またまた1時間以上バスに揺られて
詳細は書きませんが 6人の女性城主の愛憎渦巻く 麗しの古城らしいです
それにしても フランスの庭園は幾何学的ですね
以上 訪れた城は2ヵ所 パリに帰着は夜の8時頃
ツアーの殆んどが バスの中で御座いました ()´д`()
ちなみに
先輩がパリでノンビリしたかった理由の二つ目は
モンマルトルの丘の麓 ピガールの歓楽街
まぁ 日本でいえば新宿の歌舞伎町なんですが ( ≖ᴗ≖)
さっそく一泊目に いそいそと出かけておりました ٩(¨ )ว=͟͟͞͞
1989年(平成元年) ヨーロッパの旅 14 パリ ヴェルサイユ宮殿とバトームッシュ [1989年(平成元年) ヨーロッパの旅]
さて 駆け足で巡る旅をしたい先輩
なんですが 何故かパリは数日滞在したいと?
何か理由がありそうですね
なので パリは3泊4日ほど滞在します
てな訳で 泊ったホテル近くのオーステルリッツ駅から
フランス国鉄(SNCF)に乗り まずはヴェルサイユ宮殿なんですが
なんと当日は休館日 (;゚д゚)エエーッ!!!
宮殿と庭園と
大トリアノン宮の外観だけを見て
お終いっす (´△`|||)ゞ ァィタァ…
で 先輩からチビチビ嫌味を言われながらパリに戻り
バトームッシュでセーヌ川クルーズ
アンヴァリッド橋 かな?
右側はシテ島で
⇧ パリ発祥の島とされています ⇧
燃えちゃいましたね ;つД`)
そして このシテ島か隣のサン ルイ島か記憶は確かではありませんが
この辺でUターン 同じ航路を戻りながら
⇧ パリでセーヌ川にかかる橋の中で 最も美しいと言われます ⇧
で 乗り場を過ぎます
白鳥の島で 自由の女神像を見て
ん! ニューヨークの自由の女神像にソックリ?
アメリカの女神像は フランスがアメリカ独立100周年を記念して贈呈した物
こちらは その返礼としてパリに住むアメリカ人たちが
フランス革命100周年を記念して贈った物だそうです
で この日は終わり
ちなみに日記によると パリでの夕飯は?
先輩からの たっての願いを聞き入れて
またまた日本食を
(この日・天ぷら定食 次の日・冷やし中華&餃子)
これが 先輩がパリに滞在したい理由の一つ?
せっかくなので私は 現地の物を食べたいんですけど!
1989年(平成元年) ヨーロッパの旅 13 フランス パリ [1989年(平成元年) ヨーロッパの旅]
暑さでバテ気味になりながら ヴェネツィアを後に
寝台列車を使い 一気にパリを目指します (o'_ゝ'o) GO!
到着したのは パリのリヨン駅(たぶん)
寝台ですので もちろん到着は午前
とりあえずホテルを押さえ でかいリュックを預かってもらい観光です
(フランス語の担当は私
先輩は駅のインフォメーションで宿を取りますが
私は 観光や移動に便利な場所にあるホテルに 直に飛び込みます)
メトロに乗って
おのぼりさんで まずはエッフェル塔を見に行きます …… ヘ(*¨)ノ
じゃじゃん!
La tour Eiffel で御座います
「鉄の貴婦人」とも呼ばれますね
あ なにゆえ貴婦人(女性)なのかと言いますと
フランス語(他 イギリス英語を除くヨーロッパの言葉)の単語には
女性形と男性形があり エッフェル塔は女性形だからであります
ちなみに女性形はla(une) 男性形はle(un)が
単語の前に(冠詞)付きます
そして 私達が行った年は エッフェル塔が出来て100年
分かり難いのですが 100 ansと電飾されていました
で エッフェル塔は上がらず(チケット売り場は大行列)
プラプラと 30分強ほど?歩いて凱旋門に
こちらは上がりましょう (^O^)/
シャンゼリゼ通り
せっかくですから
ダニエル・ヴィダルの ♪ Les Champs-Élysées ♬
(動画の冒頭と上の写真 同じで御座います)
それにしても やっぱり目立つのは貴婦人です
で 日記には セーヌ川沿いに
凱旋門からポンピドーセンターまで歩いたと書いてあるのですが
途中の写真は見当たらず
ただ どこだか分からない写真が1枚
ブログを書くにあたって 数時間ほどグーグルマップで調べたら
パリの市庁舎でした
この日の最後はポンピドーセンター
まったく華の都に似合わない建物ですが
総合芸術文化施設なんだそうで
日本でいえば 渋谷にありそな?
そしてこの日は 久しぶりに日本食
鮨を食べたと日記に
へいらっしゃい (^^)/